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第110号 前所長を偲んで

当事務所の前所長である父典春は、昨年9月28日23時59分眠るようにこの世を去りました。89歳でした。

父は、昭和34年1月に小島会計事務所を神保町の交差点近くの巌松堂ビルにて創設しました。以来「正直者が損をしない世の中にするために社会貢献する」と口癖のように言いながら発展させ、昭和61年には長男昇に継承させ、新所長を支えながら仕事への情熱を失わずにおりました。つい最近まで、月一度行われる事務所の全体会議には欠かさず参加し、所員に永年の経験に根ざした講話をしておりました。

昨年4月、咳が止まらず医者に見せたところ、肺がんとの診断を受け、一時ははげしい痛みを訴えましたが、鎮痛剤の投与により治まり、最後まで特に痛みに苦しむこともなく、入院先のさいたま市立病院で私と弟との息子二人に看取られての静かな最期でした。

本号は、前所長の追悼号とさせ ていただき、告別式での弔辞などを掲載させていただきました。生前のご厚情に改めて感謝申し上げるとともに、前所長の遺志を継いで顧問先の発展のために全力で当る所存です。今後ともご指導ご鞭撻のほどお願い申し上げます。

 

弔辞

最近話題になっている内部統制とは、上場会社が粉飾決算をしていたり不正を行っていたことが相次いだために、このようなことが起きにくいように会社が作る組織のことです。上場会社は、平成二十年四月開始事業年度からこの内部統制組織を作り、その報告書を作成することが義務付けられ、その報告書の内容が適正であるかについて公認会計士等の監査を受けることになりました。

我が友人、小島典春君のご霊前に謹んで哀悼の意を表します。何うか聞いて欲しいのです。

私が君に初めてお会いしたのは、昭和8年の春、君は群馬の太田中学から、私は道内の釧路中学から、小樽高商に入学した年でしたよね。

そして、君は三寮から、私は隣りの二寮から通学を初めましたね。君は何時も学帽を被り黒い制服のホックまできちんと掛けて、優等生の姿でしたが、私を含めて帽子は 被らず、制服の第一ボタンまで外して登校する生徒が多かった。従って二百名程の同期生で君の名を知 らない生徒は一人も居なかったのではと、私は、感じて居ました。

卒業後、君は日本水産に就職し、 私の生れ故郷釧路に勤務し、私は同期小田島君と一緒に三田鉄砲火薬店に就職し、東京支店に勤務することとなった為、お会いする機会が極めて少ない時代を過して来たような記憶があります。

ところが、縁は不思議な廻り合せを齎して、昭和34年、私が転職して、神田の富士電興と称する富士電気の代理店商社に勤務した時、君は同じ神田の近くに小島会 計事務所を開設したのでした。 我々の親交は一挙に深まって行く感じとなりました。富士電興の社長は、私と戦時中、軍隊同期の男でした。そこで早速会社の監査をカタチお願いし、公私ともに助け合う容となったのでした。

平成10年の7月、君は自叙伝を発行し、私のところへまで寄贈していただき、本当に有難うございました。内容は、お仕事を中心とした、281頁に及ぶ立派な作品ですが、最終章、業務のかたわらでとある標題の末尾に近く、私と君との囲碁対局スナップが載って居たのには驚いた思いだった。

小島典春君。君との長い間にわたる友情と恩義に深く感謝します。 どうか、安らかにお眠りください。

 

砂子沢正四

 

親族代表挨拶

本日は皆様ご多用中のところわ ざわざ御会葬いたゞきまして誠に有難うございました。

出棺に先立ちまして小島家を代表して一言ご挨拶を申し上げます。

故小島典春は大正五年北海道夕張郡角田村杵臼に小治郎、しげの三男として生まれました。

群馬の太田中学から小樽高商に 進学し卒業後合同漁業、日本水産、共立水産をへて日産皮革の取締役に就任しましたが不況の為、会社 清算業務に就き完了後、意を決して独立の為苦労して勉強し、税理士合格後、小島会計事務所を開設しその後難関の公認会計士に合格 しました。その間の努力は並々ならぬものがあり、又、叔母の内助の功も大変な御苦労であったと思います。叔父には好きなゴルフ、 囲碁など楽しみ余生をすごしてもらいたいと思っておりましたが、家族の懸命な看病の効もなく去る9月23日89歳の生涯を終えまし た。現在、長男昇君が立派にあと をつぎ、二男章裕君も教育者として立派な活躍をされており、叔父も、もう何の心残りもなかったも のと信じております。

今後遺族に対しまして生前にも増してご厚誼を賜りますようお願いしご挨拶と致します。

本日はどうも有難うございました。

 

大賀智(故人の甥)

 

喪主挨拶

本日はご多用のところ、父の葬儀にご会葬いただきまして、誠にありがとうございました。

また、ご丁寧な御弔意ならびにご香志を賜りまして、厚く御礼申し上げます。

さて、皆様ご案内のとおり、父 は、40を過ぎましてから、公認会計士の道を選んだのでございますが、その理由を、その当時このように話しておりました。「正直に税務申告をした人からさらに多額の税金を取られるようなことがあってはならない。決して、正直者が損をしてはならない」この考えは引退するまで変わることはありませんでした。正しいと信じたことは信念を持って行い、決して曲げない。ある面、頑固でしたが、私にとって、父は人生のお手本でもありました。

晩年は足がふらついてはおりましたが、気持ちは常に若く、東京の事務所にもよく顔を出しており、周囲の者は父の一層の長寿を確信しておりました。

そんな時、肺にがんが発見されました。今年の4月のことでした。突然のことでした。

しかし、私たちの動揺をよそに、父は医師の告知にも笑顔で応えていたことを思い出します。7月には幼い日々を過ごした北海道に家族みんなと訪れるなど、ゆったりとした日々を送ることができました。精神力の強さは、医師も驚くほどで、周囲には苦しむ姿を全く見せませんでした。

そして去る23日、お彼岸の中日の夜、真西に沈んだ太陽を追うように、西方浄土へと旅立ちました。 私たち息子二人に看取られての眠るような最期でした。89歳の大往生でした。心残りのない幸せな人生であったと思います。

父は、今頃、病が進行してから飲めなかった酒と、これは病気の原因でもあったわけですが好きな タバコを、極楽でおいしそうにのんでいることと思います。

父が晩年を豊に過ごすことができましたのも、偏に皆様方のご厚情の賜と感謝しております。

これからは残されたものが力を合わせて父の遺志を受け継いでゆ きたいと思います。これまで同様のご指導ご鞭撻をお願いいたしましてお礼のご挨拶といたします。

 

小島昇

 

 


 

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今号のコンテンツは下記の通りです。ぜひご一読ください。

 

【追悼】前所長を偲んで

【税務記事】平成十七年の確定申告について

【風潮記事】会社法制改正と既存会社の対応について

【コラム|誠実明朗】ねんりん

【お知らせ】年末年始就業日/源泉所得税の納付日

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